KYCと反社チェックって別物?マネロン対策における位置づけについて
はじめまして。Fintertechマネジメントグループの林です。
初めての投稿ですので、簡単に自己紹介をさせて頂きます。
大和証券に28年勤務し、今年4月からFintertechで法務コンプライアンスを担当しています。大和証券では、ディーラー業務、リスクマネジメント業務、コンプライアンス業務に携わり、在籍中は、ロンドンで2年、香港で3年、勤務しました。
先日、同僚から「KYCと反社チェックって別もの?」「どちらもマネロン対策?」という質問を受けました。実務をされている方からすれば、初歩的な質問と思われるかも知れませんが、意外とこの辺りの整理ができていない人も多いようにも思われます。KYCをどう定義するかにもよりますが回答としては「根拠法や手続からすれば別なもの。アンチ・マネロンの観点では、どちらもマネロン・リスクの低減措置」といった感じでしょうか。法務コンプライアンス担当という立場上、いい加減な回答もできないので、この辺りを少し整理してみたいと思います。
1.KYC(Know Your Customer obligation)とは
インターネットの普及により情報の取得は格段にしやすくなりましたが、英語圏の金融専門用語については、信頼できそうなサイトを探すのに意外と苦労することがあります。困った時には、とりあえずFCA(Financial Conduct Authority)やFINRA(Financial Industry Regulatory Authority)のホームぺージを見るのが、お勧めです。例えば、FCAの規則集のサイトを見ると、KYCに関して、次のような解説があります。
- CDD(Customer Due Diligence)と同義で使われている
- マネロン規制では、CDDが使われKYCは使われない
- 金融商品販売に伴う適合性の確認の意味でも使われる
CDDについては、FATF(Financial Action Task Force)の「The FATF Recommendations(以下、FATF勧告)」に示されており、本邦では、犯罪収益移転防止法で取引時確認として法制化されています。
この点を踏まえてFCAの解説を読み返すと、“KYCとは、本邦でいう取引時確認のことで、マネロン規制上のCDDと同義で使われている”という感じになります。但し、適合性の確認の意味でも使われる場合があるので、この点については注意が必要です。適合性の確認とは、投資家保護を目的とする勧誘規則です。
金融商品販売業者は、投資に関する知識・経験、投資目的、財産状況等の顧客情報を把握し、金融商品の販売に際しては、顧客に適合する商品を提案しなければならないといったものです。目的は異なりますが、適合性の確認とKYCは顧客情報の把握という点で共通し、しばしばセットで取り扱われます。
2.反社会的勢力との関係遮断に関する態勢整備について
続いては反社チェックについてです。反社会的勢力との関係遮断に関する基本的な考え方は、政府の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針(以下、政府指針)」において示されています。また、各都道府県においては、暴力団排除条例が制定されています。政府指針には、次の基本原則が示されています。
反社チェックは、反社会的勢力との一切の関係を遮断するための顧客審査手続きです。罰則規定はありませんが、金融機関に対しては金融庁の監督指針等により、反社会的勢力との関係遮断に関する態勢整備が求められています。従って、態勢整備に不備があれば業務改善の対象にもなり得ます。
3.「犯罪収益移転危険度調査書」に見るマネー・ローンダリング事犯
では、反社チェックはマネロン対策として有効なのでしょうか。
まずFATF勧告では、各国に対し、“自国における資金洗浄及びテロ資金供与のリスクを特定、評価すること“を要請しています。「犯罪収益移転危険度調査書(以下、危険度調査書)」は、この要請に対応し、国家公安委員会により毎年作成され、公表されているものです。
平成30年12月に公表された危険度調査書を見ると、マネー・ローンダリングの手口がいくつか示されていますが、その多くは、仮名・借名取引です。また、下表のとおり暴力団、来日外国人、特殊詐欺の犯行グループが、マネー・ローンダリング事犯の主な主体であることや、窃盗・詐欺(電子計算機使用詐欺を含む)が、マネー・ローンダリングの前提犯罪のうち約7割を占めていることなども分かります。
これらの結果を見るに、マネロン対策としての反社チェックは有効であると言えるでしょう。
・暴力団構成員等による組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法に係るマネー・ ローンダリング事犯の検挙件数(平成27年~平成29年)
・来日外国人による組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法に係るマネー・ ローンダリング事犯の検挙事件数(平成27年~平成29年)
・組織的犯罪処罰法及び麻薬特例法に係るマネー・ローンダリング事犯の前提犯罪別の検挙事件数(平成27年~平成29年)
出所:国家公安委員会「平成30年12月犯罪収益移転危険度調査書」
4.KYCと反社チェックって別もの?どちらもマネロン対策?
KYC(=取引時確認)と反社チェックは、前述の通り、根拠法が異なります。
KYC:FATF勧告、犯罪収益移転防止法
反社チェック:政府指針、各都道府県の暴力団排除条例、金融庁監督指針
また、手続きも異なります。家族の代わりに通帳と印鑑を持って銀行の窓口に行き、預金を引き出そうとすると「身分証明書と委任状はお持ちですか、お持ちでないのであれば、ちょっと・・・」と言って普通断られます。これがKYCです。KYCは、仮名・借名取引の防止手段として、マネー・ローンダリング対策の中で、中心的な役割を担っています。銀行で暴力団構成員が「これは俺の運転免許証だ」「公共料金を決済するための口座だ」といくら主張しても、反社チェックにより、暴力団構成員であることが判明した瞬間に「口座開設はできません。お引き取りください。それ以上騒がれると警察に電話します」と有無を言わせず、謝絶されます。
危険度調査書では、暴力団等の反社会的勢力がマネー・ローンダリング事犯の主な主体とされていますが、反社会的勢力との一切の関係を遮断する反社チェックの手続は、やはりKYCと並んで、マネー・ローンダリング・リスクの低減措置の一つと考えられます。
ということでまとめますと、冒頭の通りではありますが
ということになります。
今回は外から見ると一見分かりにくいKYCと反社チェックについて解説してみました。仮想通貨など次世代金融の領域は既存金融に比べるとまだルールが未整備な部分もあり、今後さらにルールの整備は進んでいくと思われます。そういった際にも、背景となる根拠法と手続き、その目的を明らかにすることで、本当にやらなければいけないことを明らかにしていけると思いますし、本記事がそのヒントになれば幸いです。
- 前回の記事はこちら
- 前回の記事では、成長し続けるアニメ業界にFintechが活用され始めている現状について解説しています。その具体的な事例を紹介していますので、ぜひご覧ください。
- Fintertechの取り組み
- 当社の取り組み、得意とする分野の情報を随時公式ブログで発信しています。他の記事を読まれたい方は以下のリンクからご覧ください。
Fintertech公式ブログ
引用元: CoinPost
「仮想通貨全般」カテゴリーの関連記事