証券取引へのブロックチェーン導入はキラーアプリとなる可能性大、その実現に向けた課題と最新動向を概説
- 証券取引へのブロックチェーン導入には課題があるが「キラーアプリ」となる可能性大
- イーサリアムとスマート・コントラクトの構想発表から5年が過ぎた。証券取引にブロックチェーンとスマート・コントラクトを導入すればキラー・アプリとなる可能性が高い。一方で実現に向けた課題もある。最近、いくつかのプロジェクトが規制適合のための実装を始めた。
- セキュリティ・トークンとは
- ここで言うセキュリティとは証券のこと。一般に仮想通貨のICOが行われるとトークンが発行/配布されるが、このトークンに証券性が認められればSEC(米国証券取引委員会)の監視対象となり、監査報告義務が生じる。セキュリティ・トークンと対になるのが本記事でも解説を行っているユーティリティ(=証券性はないが有用性のある)・トークンである。
はじめに
「どんなものがブロックチェーンのキラーアプリになるのか」とイーサリアムの考案者ヴィタリック・ブテリンが問いかけたのは、2015年のことでした。
それから約3年、仮想通貨もブロックチェーンもバブルを経験しましたが、ブリテンの問いにはだれも満足の行く答えを示していないように見えます。
「ブロックチェーンは課題を探すためのソリューションだ」などと皮肉を言う人もいます。
そしてICOの熱狂的なブームを経た今、仮想通貨の最大の用途は、無記名証券への投機となっているのが現実です。
多くのプロジェクトが儲け話をただぶら下げている中で、イーサリアムだけがICOを身近なものにする利便性を提供しています。
では使用事例が全くなさそうかといえば、そうではありません。
証券取引があります。
大半の仮想通貨は正面から取り組んでいませんが、実は証券取引(セキュリティ・トークン)こそブロックチェーンが最も適した用途の1つです。
同時に、仮想通貨にはまだ完全に解決出来ない課題があります。
その課題と理由を以下に見ていきます。
ユーティリティ・トークンとは
昨年2017年のICOブームには大きな問題がありました(ここでは詐欺は別の話とします)。
それはあらゆるICOプロジェクトがユーティリティ・トークンを販売しようとしたことです。
ユーティリティ・トークンを使ったクラウドファンドは、住宅ローンを「矢じり」や「穀物袋」で支払うようなものです。
つまらないものでもいつかは価値が出るかもしれませんが、投資手段とは呼べません。
あるいは、映画のチケットを前もって販売しておいて、その収益で映画館を新規建設するようなものです。
実際、投資家は株式も配当も受け取りませんでした。
ICOが規制と監視の元に置かれるようになると、ありとあらゆる手段を駆使してトークンから投機の匂いを消そうとするプロジェクトも見られました。
結果はだれにとってもひどいものになりました。
投資家は価値の薄められたトークンを受け取り、有用性が特徴だったはずのユーティリティ・トークンが証券と同様に見られ、発行者はトークンを敬遠するようになりました。
そして規制当局も私たち一般の市民も、ICOや仮想通貨を前にもまして疑わしい目で見るようになりました。
証券とブロックチェーンの相性
しかし、だからといってユーティリティ・トークン捨ててしまえという話ではありません。
ユーティリティ・トークンの良し悪しは、投資に向いているかどうかだけでは決まりません。
例えばSteemは、投資には全くと言っていいほど不向きですが、実際に使われている、とても出来の良いユーティリティ・トークンです。
そのユーティリティ・トークンを証券として登録すると、有用性が失われる可能性があります。
トークン発行による資金調達で最もやってはいけないのは、良質な投資特性を取り除いてしまうことです。
その意味で「ユーティリティ」トークンや「決済」トークンを購入した人は、Ryan Coffeyのようになるリスクがあります。
Coffey氏はXRPを購入したことで投資家になったと考えましたが、Rippleにとっては1人の顧客に過ぎませんでした。
証券取引記録がこれまで唯一の実証済ユースケースであることを考えると、ブロックチェーン企業が証券を敬遠するというのは実に皮肉な話です。
トークンは株式に出来ることは何でも出来ます。
単純な取引はもちろん、分割も、株主投票も。債権投資やオプション取引、デリバティブといった複雑な取引でさえ、スマート・コンタクトで自動化すればずっと簡単になります。
企業の中には株式電子化を進めてきたところもあります。
しかし電子記録の保管という点では、それら企業が行っている「中央集権的な体制で多数拠点にデータベースを持つ」現状のやり方よりも、ブロックチェーンで持つほうがはるかに勝るでしょう。
不要な中間/仲介業者の排除につながる点も見逃せません。
株式譲渡の例
ここで既存の手続きがいかに非効率かを示すために、株式の譲渡を例にとってみます。
紙で行う場合
手戻りなく「真っ直ぐに進んだ」場合ですら次の通りです。
- 証券会社に連絡を取り、必要書類を取り寄せます。書式は当然、会社によって異なるでしょう。
- 必要事項を記入します。株式保有者の氏名、譲渡を行う株式数、譲渡を行おうとする理由、その他。
- 自分にメダリオン署名保証(Medallion Signature Guarantee)の取得資格があることを確認します。証券会社や譲渡株式数によって、メダリオン署名保証を使うことも、別の保証を使うこともあります。
- その他、必要書類の準備と確認を行います。
- 書類一式を揃えた形で証券会社に郵送します。
ブロックチェーンではこうなる
これに対して、あくまでも必要なインフラが整っていることが前提ですが、ブロックチェーン上でセキュリティ・トークン(例えば、株式トークンやエクイティ・トークン)を送る(=譲渡する)手続きは次のようになります。
- アドレスを指定。
- 署名。
- 送信。
実際、ユーティリティ・トークンから距離を置いた形でクラウドファンドを行う事例も出はじめています。
ETOs(「エクイティ・トークン・オファリング」)やSTOs(セキュリティ・トークン・オファリング)といったものがそれで、Nex、ファウンダーズ銀行、マルタ証券取引所等ではクラウド販売の一つのトレンドを形成しているようです。
単なる株式と配当に加えて若干複雑な性質を持つトークンを作ることになりますが、投資家にはより高い投資価値を提供しています。
セキュリティ・トークンに足りないもの
この記事では、これまで意図的にある点に触れずに話を進めてきました。
それは、セキュリティ・トークンをブロックチェーンに落とし込むのはテクノロジーの無駄遣いに等しいということです。
譲渡に現状1週間かかっている手続きを処理時間が14秒のブロックに記帳出来たとして、現実にはそれだけの時間短縮が見込めない事情があります。
KYCとAMLは人手で行われている
米国でも、他の国や地域の当局でも、セキュリティ・トークンの作成者には、厳格なデュー・デリジェンス要件が課せられます。
それはKYC(顧客確認)とAML(アンチマネーロンダリング)です。
KYCでは出資者の身分証明書類の提出が、AMLでは出資者の資金の出処報告が義務付けられています。
このKYCとAMLの審査が担当者による人手で行われています。
よって、セキュリティ・トークンは詰まるところ「人の目の動く速さ」に制約されます。
この点を仮にクリアしたとして、まだ制約があります。
米国では、富裕層にしか取引が認められていない証券や、そもそも一切の取引が行えない証券が存在します。
IndiegogoやRepublicがICOを行ってもトークンを使ったり譲渡したり出来ないのは、こうした理由のためです。
認証ソリューションとしてはどうか
課題は暗号でなく、未だに人を妨げる機械の存在――1920年台の電話交換手と言えば伝わるでしょうか。
遠方の人に声を届けるためには、それには交換手に相手方の名前のスペルを伝えなくてはなりませんでした。
証券をトークン化する最大の障壁は、処理の完全な自動化が現時点では不可能という点にあります。
スマート・コントラクトに規制適合ICコードを埋め込む動き
もしそうだとしたら、持ち主の本人情報、国籍、収入ランクなどを運転免許書と同じ程度には他人に証明できる、一式の交換不可能なトークンがあるとしたらどうでしょうか。
ここから先は推測の域を出ませんが、規制当局がそのようなことを狙っている節があります。
スマート・コントラクトに規制コードを埋め込むことを示唆したのは、他でもない、SEC(米国証券取引委員会)の仮想通貨部門のトップ、バレリー・シュシェパニャク氏でした。
そして現実には、規制に適合したID(個人認証)プロトコルを開発するプロジェクトがすでに出てきています。
こうした動向を見ると、金融サービス企業がその気になれば、前述のメダリオン署名保証のブロックチェーン実装などはかなり早期に実現するのではないかと思えます。
ブロックチェーン型証券が安全に取引出来るようになるまでにはまだ多くの準備と手入れが必要です。
証券取引を本業とする人は、現在のブロックチェーンの透明性や取引の不可逆性を恐れて近寄ってこない可能性もあります。
それでも、これまで幾多のICOが採用した風変わりなビジネスモデルと比べれば、証券取引はすでに仮想通貨の分野に十分に根を下ろしていると言えるでしょう。
仮想通貨コミュニティがこれまでどれだけ多くの時間を使って「紙の証券」の世界に働きかけてきたかを考えてみれば、証券取引のブロックチェーン実装に向けた障壁は、ないに等しいはずです。
参考記事: Blockchain Companies Are Terrified Of Their Own Killer App
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